チンチラの歴史について徹底解説

チンチラと人間の関わり-乱獲時代

非常に上質な毛皮がスペインの女王に気に入られたことがきっかけで、チンチラの乱獲が始まりました。チンチラの毛皮を使用した服が流行るなど需要が拡大すると共に値段も高騰し、それに比例して狩りの方法も過激になっていったと言われています。チンチラの数が減るにつれ更に毛皮の価値は上がっていきました。ピーク時には年間70万枚もの毛皮が輸出されています。こうした背景に加え、森林伐採などの環境破壊の影響でチンチラは絶滅寸前まで追い詰められていきました。

チンチラのペット化

1918年、美しい毛を持つチンチラに心奪われたマティアス・F・チャップマンは、チンチラをアメリカに持ち帰り繁殖させようと試みます。当時絶滅の危機にあったチンチラは輸出許可を得るのも大変だったそうです。更に当時は冷房機器が無かったので、長い船旅の間、昼夜問わず気温管理に追われたと言われています。チャップマンの死後彼の息子がチンチラの繁殖に成功し、やがて1961年に日本にも渡ってきました。

野生のチンチラの現在

一時期絶滅の危機にもあったチンチラは、現在はワシントン条約により輸出入が禁止されているそうです。現在市場に出回っているチンチラは、全てブリーダーが育てたものになります。しかし野生のチンチラの数は回復しておらず、絶滅が危ぶまれている状況です。ペットとして私たちの心を癒してくれるチンチラですが、一方で人間の所為で個体数を減らして苦しんでいるという現実から目を背けてはいけないと思います。

野生での寿命

野生での寿命は10年程と言われています。野生下では、飢えや天敵といった寿命以外の原因があります。チンチラの天敵はヤマネコ、ピューマ、ミミズク、メンフクロウ、キツネ、フェレットといった肉食動物たちです。いつからペットになった?チンチラが飼われるようになったきっかけは、20世紀初頭に南米大陸からアメリカに持ち帰った個体が繁殖したからと言われています。今私たちが飼えるのも。偉大な先駆者がいるからです。

人間とチンチラ

そもそもなぜ、これほどチンチラがペットとして人気になったのでしょうか。アメリカ人のチャップマン氏はチリで出会ったチンチラに興味を引かれて買い取り、そこで初めてアメリカへ輸出されました。飼育を始めて11年後、チャップマン氏の息子、レジナルド氏が初めて繁殖に成功したのがペットのチンチラの始まりです。日本では、1961年に1人の動物愛好家によって導入されたのが最初と報告されています。見た目の可愛さはもちろんですが、その飼いやすさでも人気の理由の一つです。チンチラは比較的知能は高く、人の顔を覚えるので小さい頃から慣らせば寄ってきてくれるようになります。性格的に、警戒心が強い反面、好奇心旺盛でもあるので色んなものに興味を示すため、見ていて飽きないのも可愛らしさの特徴です。「グーグー」といった鳴き声を上げることもありますが、近隣に迷惑なるような大きな鳴き声ではありません。感情表現の為に鳴き声を上げるため、よく観察していればチンチラの気持ちを読み取れるかもしれませんね。また、チンチラは砂浴びをすることで体の清潔を保っています。きちんと砂浴びをさせていれば体臭はそれほど強いものではありません。懐きやすさ、小さな鳴き声、あまりない体臭など、マンションなど現在の住宅事情でも飼いやすいのかもしれません。ですが、チンチラの生態に沿った環境を整えてあげる必要はあります。もともと標高の高い所に生息していて毛皮が厚いため寒さには強いですが、暑さには大変弱い動物です。夏場はクーラーが欠かせません。また、岩場で暮らしていたことから意外と活動量も多いのです。ゲージには回し車を設置したり、定期的にゲージから出して遊ばせてあげましょう。夜行性のため昼間に睡眠をとるのですが、昼間に暗い環境だと夜だと勘違いして眠れなくなってしまうことがあります。昼夜がはっきりとわかる環境にしてあげましょう。毛の色も多種多様で、野生種ではグレーが多いですが、ペットとしてのチンチラでは、グレー、ブラック、シナモン、ブラウン、パール、バイオレット、サファイヤ等、多くの種類の毛色の個体が販売されています。販売価格は毛の色によって差が出るようですが、多くは2万~6万円ほどです。人間とチンチラとのつながりは可愛いだけでは終わりません。チンチラというと、毛皮を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。その美しく柔らかい毛皮は古代から珍重されてきました。古代では、原産国である南米では、チンチラを毛皮や食肉目的で捕獲していました。スペイン人がインカ帝国を征服すると、スペイン人はチンチラの毛を王様へ献上し、その後1828年から毛皮の商用利用でヨーロッパの市場に出回るようになると、チンチラの乱獲が始まります。野生数が激減し、現在ではワシントン条約付属書1(絶滅の恐れがあり、販売を目的とする輸出入などの商業取引を原則禁じられる動植物のランク)に掲載されており、国際間の取引が禁止されています。他に、ジャイアントパンダなどが付属書1に掲載されています。現在日本で販売されているペットとしてのチンチラは国内繁殖の個体なので、条約違反にはなりません。が、野生種が今もって絶滅の危惧があることに変わりはありません。ペットを可愛がり、大切に育てるのはもちろんですが、過去の人間とチンチラの関係性にも少し興味を向けてみてはどうでしょうか。

チンチラの悲劇

正確な情報は残っていませんが、一番初めに毛皮として使用されたのは、紀元前1100年ペルーインカ帝国のチンチャ族の時代だと言われています。インカ帝国の支配下でもチンチャ族は栄え、繁栄の絶頂のときにはインカ帝国の人口が1000万人を超えたといわれていますが、支配下のどの部族も必要以上には動物を捕獲しなかったので、うまく共存状態が保たれていました。チンチラが乱獲されるようになり、絶滅寸前までに追い込まれるきっかけとなったのは、スペイン人の征服者、フランシスコ・ピサロによって1533年にインカ帝国が滅ぼされた後に、スペインの女王にチンチラの美しく上等な毛皮を献上したことでした。スペイン女王がその毛皮を非常に気に入り身に付けるようになり、その美しい毛皮を見た宮廷の女たちがこぞって「同じものが欲しい」と知り合いの軍人などにせがむようになり、チンチラの毛皮が乱獲されるようになりました。1818年にチリが独立し植民地支配が終わった後もヨーロッパでのチンチラ毛皮の需要が増大して毛皮貿易が本格化し、アンデス山脈で暮らすスペイン人や先住民の手によって、乱獲が止まることはありませんでした。さらにその後、ファッション界でチンチラ毛皮のコートが大流行したこともあって値段が急騰し、アンデス山脈で暮らすスペイン人や先住民によってチンチラは次々と狩られ、住む場所を追われ続けることになったのです。

絶滅の危機に瀕するチンチラ

チンチラの乱獲が最もひどかった1885年から1910年までのわずか25年間で、毛皮用として100万のチンチラの革がヨーロッパに輸出されチンチラはほぼ絶滅してしまいました。そのため1910年に、アルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルーはチンチラの狩猟、捕獲、虐殺、罠、販売を禁止する条約に同意しサインをしました。しかし一方で18世紀以降、イギリスやドイツの動物園でチンチラの飼育がされるようになり、研究が進み、繁殖にも何度も成功しました。そのため、ペットとして非常に向いていると

ブレーム動物事典

哺乳動物のセクションの編集者ペショエル・ロッシェ氏によって表明されたのです。そして、絶滅を防ぐため繁殖を試みようと1930年からチリで飼育が始まりました。チンチラを捕まえれるように法律を修正したのです。条件としてチリの領土のみチンチラを全部記録し、半年ごとに詳細調査して政府に届けなければならなりませんでした。それから多くのブリーダー達によって時に繁殖し、また、輸出に失敗して多くの生命が失われる等の悲劇に見舞われながら、イタリア、スカンディナヴィア、西ドイツ、スイス、ロシアなど、他の国もチンチラの飼育場を試みていたようです。

チンチラの現在

結果、ペットとしてのチンチラは数多く繁殖しましたが、野生種に関しては減少の傾向に歯止めがかからない状況です。森林伐採や炭鉱の輸出、激しい農業生産によって変化してしまった土地にチンチラは戻って繁殖することはできないでしょう。それでも絶滅を防ぐため、チリは保護の法律を法令として発布し、1983年から厳しく実施し始め、繁殖のために国立公園も作られました。ワシントン条約でもサイテス1(絶滅の恐れあり)に含まれるほど危険な状況のチンチラ。あの可愛らしい生き物の歴史には、目を覆いたくなるような悲劇があったのです。それが醜い人間の手によるものだったということを決して忘れてはいけません。

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